暇なので愛の三角理論を使って「恋愛」について考えました

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Aセクシャルの中には恋愛ってそもそもなんだかよく分かんねーんだよという方も結構な数いると思います。というか私がまずよくわからないです。少女漫画だの恋愛映画だのを観て自分なりに研究してみても、やっぱりよくわからないんですよね。到底自分事とは感じられないわけで。

ただ、ありがたいことに恋愛に関しては先人たちがそれはものすごい量の先行研究を残してくれているので、それにあやかることができるのです。

外堀を埋めて理解できれば少しはそういった話題を振られた時の対処にも困らないかも、と思ったのでAセクだけど暇だし客観的視点で恋愛を考えてみようシリーズをやってみたいなということで、やります。

Aセクに限らず、ひとがひととどう恋愛に向き合うかというのは十人十色ですが、少しでも考える切っ掛けになれば嬉しいです。

愛の三角理論

とかいうアイドルグループの曲ありそうですよね。

心理学者のスタンバーグという人が提唱したもので、要は「愛にもいろんな形があって」「どんな要素で成り立っているかによって分けられるよね」って話です。
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それぞれの三角形の頂点にある黒字が「要素」で、その要素がどのように組み合わさっているかで愛の性質が決まります。親密さのみで情熱と献身がなければ好意、親密さと献身があり情熱がなければ友愛……という風になります。

三つの要素を全て兼ね揃えているのが「完全愛」で、まあ恐らく理想的な愛の形だよ、ということになるのでしょうか。

ただし、「親密」と「献身」が高ければ高いほど関係はうまくいきやすいとされているようです。

男女の間の恋愛を前提に考えられている理論なので、恐らくそうなるのだと思います。要は「互いに情熱がある恋愛も結構だけれど親密さや献身が無いと長続きしないよ」ということなのでしょう。多分

気をつけておきたいのは、これを考えたのはあくまでアメリカ人の心理学者であり、彼の母国語は(恐らく)英語であろう、ということです。適当な日本語訳を当てていますが、彼が単語を使った時に想定していたイメージと、それぞれの訳語がぴったり当てはまっている保証はどこにもありません。ですので、それぞれの「要素」についてはあまり突き詰めて考えないほうがよいと思います。

「恋愛」はどれか

前項は「愛の三角理論」の紹介でしたが、ここからは勝手な憶測・推測です。

これらの愛情の種類の中で、我々が一般的に「恋愛」と呼ぶものはどれでしょうか。「好意」や「友愛」辺りは今でも恋愛と分けて普通に使われるので、別物だと言えそうです。「情熱愛」は英語そのままロマンティック・ラブですから、字面を見るとこれが一番「恋愛」っぽいです。

心酔はどうでしょうか。個人的には、これも恋愛とは別枠と捉えられている気がするのですが。例えばヘテロセクシャルの男性が、既に恋人がいながら同じく男性の誰か(先輩や上司など)に心底心酔している、などといった状況は想定されますし、文章としてもそう不自然ではありません。

虚無の愛と愚愛、はどうでしょう。ここへ来て価値の有無を表す言葉が入ってきていることが少し気になります。ある愛情を「愚かだ」と一方的に切って捨ててしまうのはあまりよくないと思うのですが、恐らくここで想定されているのは依存状態のことでしょう。

そう考えると、「虚無の愛」は恋愛とは別物、「心酔」と「献身」の組み合わせも、恐らく恋愛とは別と言えそうです。

完全愛は?

正直よくわかりません。誰か、完全な愛というものについて理解したひとがいたら教えて下さい。

比率は結構小さくない? って話

細かいところで引っかかったり異論がある人もいるかもしれませんが、何が言いたいかというと「恋愛って結構比重が小さいんじゃないかな」ということです。

一般的に「愛」「愛情」という時、なぜか多くの人が真っ先に恋愛を思い浮かべてしまいます。けれど、こうして分析してみると「愛」の中に含まれる「恋愛」の割合というのはむしろ小さいのです。勿論、単純に分類上の問題という話ですから、恋愛至上主義的な社会はこれからも続いていくでしょう。

けれど、めげそうになった時に「いや、恋愛以外にも色々あるしむしろそっちの愛情のほうがレパートリー豊富だし……」と思えれば幾分気持ちも楽になるかな、と思います。

ええ〜!? 恋してないの?! 人生の9割損してるよ!!!!」とか言われたら愛の三角理論を持ち出しましょう。恋愛はどう頑張っても精々人生の1/7です。頑張りましょう。スタンバーグ先生があなたの味方です。