3年程付き合いのある友人にAセクをカミングアウトした

多くの人がぶつかる壁の中にカミングアウトがあると思います。これは勿論アセクシャルに限った話ではないのですが、アセクシャルの場合は更に少々特殊な事情があって、たとえば「そもそも存在を知られていないので一から説明しないといけない」だとか、「説明しても信じてもらえない」だとか。

かくいう私も上記のような理由と、今まで別段カミングアウトの必要に迫られたことが無かったので(恋愛とかには特に興味ないんですよね〜よくわからないし、というのは隠し立てせずハッキリ言っていたものの)今まで母以外にカミングアウトしたことがありませんでした。

ところが先日、遂に友人にカミングアウトしたので、その時の顛末を書きます。

場所は居酒屋さんで、私と友人A、Bで飲んでいました。既に二軒目で、三人ともそれなりにほろ酔いでした。はい、そうです、お酒の力を借りました。

私は元々LGBT系の活動に参加していて、そのこと自体はオープンにしていたのですが、お酒が進むにつれて社会問題だとかそういう話になり、流れで私の活動のことも聞かれたわけです。細かくは割愛しますが、AもBもすごく自分に正直で、分からないことを分からないと言えるし、同意できないことは同意できないとはっきり意思表示できる人たちだったので、私も安心して話すことができていました。

段々話が私自身のことに及んできた時、友人Aがポロッと「無性愛者」という言葉を零しました。正直に言って、私はLGBT+Ally以外に「無性愛者」という言葉を知っている人間に出会ったことが無かったので凄く食いつきました。「どこで知ったの?」と。テレビで観たことがある、とのことでした。大体どの番組かは予想がつくのですが、非常にありがたかったです。

その後友人Aが「もし答えたくない質問だったら全然答えなくていいんだけど、うつせみの自認? っていうのは一体何なの?」と聞いてきました。多分、こういう風に聞かれたくない人もいると思います。ただその時の友人Aの態度は凄く真摯で、私のことを純粋に知ろうとしてくれているのだ、というのがありありと伝わってきたので、私も臆することなく答えることができました。

その後、私自身が自認するに至った経緯——男女両方共付き合った話や、セクシャリティは流動的なため一つに固定され続けているわけでもない、ということも併せて話しました。どうしても自分自身の話となると小さな恐れが邪魔をしてきて、きっと私の話は早口で言葉が飛んで、聞き取りにくかっただろうと思います。ああ、どうしてこんなに優しい人相手に言葉を迷い、遠回りしてしまうんだろうと話しながら思ったりもしました。けれど友人Aは最後まで否定せず聞いてくれました。

ちなみに友人Bはその間ずっと黙っていました。もしかしたら不快にさせたかもしれないし、話について来ていなかったのかもしれません。ごめんね、友人B。

やっぱり知識って大事

今回のカミングアウトを経て思ったことは、やっぱり「相手に前知識がある」というのが凄く重要だ、というその一点でした。前々から私は制度云々よりも広報が大事だと思っていて、「アセクシャルというセクシャリティがあり、それを自認している人がこの世界にはいるんだ」ということをより多くの人が知ってくれるだけで少しは生きやすくなるのになあ、と考えていました。

今回の友人Aはまさにそうで、元々はLGBTに興味がなく、(出会った当初は、どちらかといえば否定的な言動をとるタイプだったかもしれません)ただ「アセクシャルという言葉はテレビで聞いたことがある」という、それだけでした。でも、それだけでも背中を押してくれるには充分な要素だったと思います。

勿論、友人A自身が非常にフラットで柔軟な考え方をしてくれる人だった、私に対して差別や偏見の目を向けなかった、もっと言えば私が友人Aを信頼していた、というのも同じくらい重要だったのですが。

私には友人A以上に付き合いが長く、同じくらい信頼している大切な友人が何人かいます。けれど、彼らにはきっと、まだカミングアウトは出来ないだろうと思います。ではその違いは何か、と考えた時、やはり「前知識の有無」が大きな幅を利かせてくるのです。

そんなわけで、こんな風に自分の大切な人に自分の話を臆することなくできる人が増えれば、と願いつつ筆を置きます。